友子:大学卒業後、惣菜製造会社の 研究開発社員として従事。2012年レッドライスカ ンパニー(株)を創業し、代表取締役を務める。
尚吾:大学卒業後、食品メーカーの 研究室に入社し、食品加工の経験を積む。退社し、故郷総社でレッドライスカンパニー(株)を創業した。

総社市の備中国分寺を背にして広がる、美しい赤米の稲田。社名にもなっている「赤米」を全国に、そして世界に発信したいという熱い想いを持ち、この地でレッドライスカンパニー株式会社を創業したのが難波尚吾・友子夫妻だ。東京で同じ農業大学に通っていたというお2人。尚吾さんは岡山を外から見て、初めて「岡山には素晴らしい特産物があるのに、東京では全く知られていない。この現状を何とかできないものか。」と強く感じたという。そして思い当たったのが、地元総社に古くから伝わり、神事などに用いられてきた伝統ある赤米だ。この赤米で起業することを心に決め、大学の研究室では赤米の基礎分析を開始、卒業後は食品メーカーの研究室に入社し実務経験を積んだ。尚吾さんの思いに共感し、共に人生を歩むことを決めた友子さんも、卒業後は惣菜製造会社の研究開発員として勤務。それぞれに知識と経験を積んだ後、2011年から総社で赤米の栽培を開始。2012年にレッドライスカンパニー㈱を創業した。農業経験の全くなかった難波夫妻にとって、苦労の連続だった農作業。地域の方たちの温かいサポートを受けながら、そして何より2人が地道に丁寧に赤米と向き合い、今まで培ってきた技術力を活かした商品開発を進めている。味噌やうどん、甘酒からシフォンケーキ、ベークルといったお菓子類まで、様々なラインナップで赤米の魅力を発信。さらに自社の運営だけでなく、畑での農作業体験イベントを企画、実行し子供達への食育も推進するなど地域貢献活動にも積極的に取り組んでいる。 また、現在大きく変わろうとしている農業の世界の中で、難波夫妻はこれからの農業の在り方にも一石を投じている。耕作放棄地が増える一方で、若者や企業の参入で大規模化も進む国内農業。販売を農協に頼っているのが現状の個人農家では海外の農産物や大量生産される加工品に対抗できなくなる。レッドライスカンパニー㈱は、生産・加工・販売を一手に実施する六次産業化に取り組むことで、独自の魅力を活かした商品を開発し、発信。農業の新たなモデルケースとしても全国から注目を集めている。「赤米を目的に総社に人が集まることで、経済が潤い地域の盛り上がりに繋がればと思います。そして訪れた人が赤米をお土産として持ち帰り、いろんな場所で広まれば岡山の人が地元の特産品にもっと誇りを持てる。そんなサイクルでみんなを幸せにすることが会社の存在意義だと思うんです。」自社の目標をそう語ってくれた難波夫妻。赤米の発信と同時に、地域のブランディングと農業の振興も見据えるレッドライスカンパニー㈱の挑戦は、まだ始まったばかりだ。